2014年7月29日火曜日

【メルトン先生の犯罪学演習】ヘンリ・セシル(大西尹明訳・創元推理文庫)

「晴耕雨読」というのは昔の話。今や晴れた日には外出禁止。エアコンを効かせた部屋でじっとしているのがいいらしいです。

それが理由でもないのですが、読書に励んでいます。まあ相変わらずといったところで。


大学で法律の講義をしているメルトン先生は、とにかく講義内容が面白くないことで有名です。教科書通りの話をとつとつと話すだけで、学生にはちっとも人気がありません(大学側には「きっちりとした授業をする」ということで評判がいい)。
ところがある日、うっかり駅のホームでつまづいて頭を強打。幸いかすり傷ですんだのですが、それからというもの、講義で何かを話しだすと、我知らず物語が心のなかから湧いてきて、授業とは関わりのない話を延々としだすようになってしまいます。

というわけで、法律のたとえ話の内容が、とても面白い物語になってしまって、学生たちには大うけになってしまうのですね。それが前半の短篇集。
その後、先生の話に触発された学生が書いた物語が続き、さらには「頭がおかしくなった」と思われて、病院送りになってしまった先生が、同室の患者さん相手にまたまた沸き上がってくる話、というのも続きます。

それぞれがよくできた、ひねりの効いた話です。まあちょっと古臭くはありますが。

ヘンリ・セシルという人、あまりよく知らないです。翻訳もちょっと古臭い。まあ「これでなければ」という物語でもないので、こんなものなのかなという気はしますね。

2014年7月17日木曜日

【深夜プラス1】ギャビン・ライアル(菊池光訳・ハヤカワ・ミステリ文庫)

ギャビン・ライアルが何者かも知らずに読んだのです。めったにハードボイルド物は読まないのですけれど。この「深夜プラス1」という題名がなんとなく魅力的に見えまして。この題名の意味は「午前0時1分」ということのようです。
元レジスタンスの探偵が引き受けた仕事は、ある実業家をオランダからリヒテンシュタインまで送り届けるということ。ただし彼は婦女暴行の容疑で指名手配されているらしい。その上リヒテンシュタインに行ってもらっては困るらしい同業者がいて、命の危険もある。
という話だったような(すでにうろ覚え)。
細かい点はともかく、警察の裏をかきつつ、どこからか狙っているかもしれない殺し屋からも身を守らなければならない。一人ではとても無理、なのだが、相棒に選ばれたのはアル中のスナイパー。どこまで信用できるのだか。
そういう人間関係の面白さもあり、さらに戦争(第二次大戦)直後の、元レジスタンス仲間との交流もあり(そのあたりはちょっと時代がかっているけれど)。そして何より、命を狙っているのが本当は誰なのか、最後までその正体が明かされないというところがミステリアス。その両方があってこそ、犯罪小説探偵小説(時代がかってますね)は生きてくるというものですね。

2014年7月6日日曜日

【介護入門】モブ・ノリオ(文藝春秋)

梅雨でジメジメ。何となく気分も重いですね。いかにも梅雨。空梅雨とか言われていたけれどね。どうもそうでもないらしい。各地で被害も出てるらしいです。気をつけないと。といっても相手は自然なので、手のうちようがないというところもありますが。

【介護入門】モブ・ノリオ(文藝春秋)
モブ・ノリオの芥川賞受賞作。自身の祖母の介護体験をもとに書かれたものらしい。ストーリーらしきものはあるようでないようで。介護している自分の心情を吐露している(それもかなり「現代的」な表現で)というところが新しいとされたのかも。
しかし、正直、こういう作品は読みにくいです。単語の(もっと言えば文字の)持っている印象(あるいは読者が感じる印象)がそのまま文字になってます。時々言葉の羅列でしかないのではないかというところがあり、そうなると読み手は一度自分の中で言葉を並べ直すか咀嚼し直すかして読み進めないといけないのですね。それはなかなかめんどくさい。
短い小説なのに、読むのに骨が折れました。
そして、こういう文章の方法は、別の作品に活かせるのだろうかという疑問もわきます。別のテーマで同じ方法を使っても、同じような印象にしかならないのではないか。つまり物語の内容まで踏み込んで感じることが難しくなるのではないかという危惧が生まれるわけです。
まあ、きちんとした読み手だと、そういう苦労はなんということもないのかもしれません。そう、賞の審査をする人達はきっといい読み手なんでしょう。

2014年7月1日火曜日

6月の読書

今年も半分が終わりました。月日の経つのは早いものです。
最近の世の中は、どうにも胡散臭いことが多すぎて、本を読むのも億劫になりがちです。天気も不安定ですしね。いろんなことが不安定なめぐり合わせになっているのかもしれませんね。

【青い眼がほしい】トニ・モリスン(大社淑子訳・早川書房)
ノーベル賞受賞作家トニ・モリスンの出世作、というか代表作ですね。黒人女性の過酷な運命。それを淡々と、しかし恐ろしく描いていますね。

【ハリスおばさんパリへ行く】ガリコ(亀山龍樹訳・講談社文庫)
【ハリスおばさんニューヨークへ行く】ガリコ(亀山龍樹訳・講談社文庫)
【ハリスおばさん国会へ行く】ガリコ(亀山龍樹訳・講談社文庫)
【ハリスおばさんモスクワへ行く】ガリコ(亀山龍樹・遠藤みえ子訳・講談社)
「ポール・ギャリコ」という名前のほうが馴染みがありますね。「ジェニィ」とか、懐かしいなあ。
ロンドンの通い女中のハリスおばさんの冒険。4冊のシリーズの中では、最初の「パリへ行く」がなんといっても面白い。「ニューヨークへ行く」は痛快だけれど、「国会」になると皮肉が効き過ぎかなという気がするし、「モスクワ」は、ウィットよりも冒険談そのものの方に重さがいき過ぎかなという気がする。

【スピンク日記】町田康(講談社文庫)
前に読んだのは猫の話でした。今回は犬。しかも視点が犬。写真で見る限り、かなり立派なプードル。いつもどおりの町田康。

【白いしるし】西加奈子(新潮文庫)
白い絵の具で描かれた富士山の絵に惹かれて、その作者に恋をしてしまう。しかしそれは成就しないことがわかっていたのだった。などという説明は、この物語の前ではなんとなく虚しく響くなあ。何しろ西加奈子ですから。読み始めはちょっと甘ったるい恋愛小説かなと思わせておいて、中盤でどかんという落とし所。そしていかにも西加奈子な終盤へ。この人はやっぱり、ひと味ちがう。

【愛の夢とか】川上未映子(講談社)
デビューの頃のエキセントリックな書きぶりはちょっとおとなしくなって、しかし作品の方向は相変わらず、読み手の思いをはぐらかし、挑発的で、安穏な考えを一蹴させてしまいます。久々にいいものを読んだ気分。

【寂寥郊野】吉目木晴彦(講談社)
芥川賞受賞作。農薬散布事業に失敗し、年金生活にも限界を感じたリチャードは再就職を試みる。妻の幸恵は、徐々に言動・行動がおかしくなってくる。その原因は散布事業の失敗のもととなった農薬散布に対する濡れ衣ではないかと思い始めるリチャード。
心の病を持ち始めた妻とその夫という構図に、異邦人としてコミュニティにどう溶けこむかという問題も絡め、短いけれど重厚な作品ですね。
もう一作の「うわさ」も、よくある団地問題ムラ的思考を告発する作品かと思ったら、ラストにはゾクッとさせられるし。なかなか。