昨年にひき続いて多和田葉子フリークになっています。
「エクソフォニー」とは、母語以外で語る、あるいは生活する、つまり「母語以外」というような意味だそうです。他に聞きなれないので、あまり使われることはないし、だいたいそんな感じ、でいいのではないかと思います。
いかにも曖昧な説明で申し訳ないですが、ずっとこの本を読んでいると、そういう曖昧さが大事なのかもしれないなと思います。
ハンブルクで生活をし、ドイツ語でも日本語でも著作をする著者の言語エッセイですが、「研究者」ではない視点がとてもいいです。それぞれの言葉言語の違いだけを話題にするのではなく、その裏側も表側も視点に入っているところが、ためになるし面白いし。
そしてこの人ならではの言葉の見つけ方、表現も随所に出てきて(例にあげたいくらいだけれど多すぎて無理)、多和田フリークとしてはこの上なく嬉しいですね。
違う言語を包括するのではなく、その隙間で生きている。という視点が新鮮でした。
それは「言語」にとどまらない話なのではないか、と思います。どのみちわたしたちは世界すべてを覆い尽くすことはできず、その隙間隙間をどう生き抜いていくか、という人生なのではないかと。
ちょっと、飛躍しすぎでしょうか?
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